疑問の残る郵便物
1923年5月23日にВЛАДИВОСТОКЪ(ウラジオストック)で投函されて6月27日にСАМАРА(サマラ)に到着(着印有)した非常に疑問の多いカバーです。
少なくとも5~6年前に国外のオークション?で入手したマテリアルだと思いますが、誰かが故意に作成した偽物と思いましたが、軽い気持ちで入札・落札(高価なマテリアルではなかった記憶)入手できたものです。
偽物であれば「もう少し信憑性の有る偽物」を作るのではないかと思われますが、何れにしても疑問の残るカバーです。
カバーそのものは偽物の可能性が大であるが、使用されている個々の切手までが偽物とは思われません。
又、其々の切手には「薄いですが確にВЛАДИВОСТОКЪ(ウラジオストック)の消印が確認できます。
使用された切手(郵便料金)
1919年にコルチャーク政権下で帝政ロシア時代の 普通切手に額面35копを加刷した切手ですが切手の印刷部分は「ほぼ退化」しており、額面の加刷のみ明確に残っています。
拠って、加刷の額面からの推測です。
切手の印刷部分は退化して加刷だけが残る事があり得るのか?退化しているとは云え1919年の末には崩壊したコルチャーク政権下で発行(加刷)された切手が、1923年5月の時点での使用が有効なのか?不明です。
1921年11月に「チタ極東共和国」で極東共和国の全域で使用する為に独自の図柄・額面の切手が発行されており、ここでは4коп切手が使用されており、明確に残っています。
1922年1月25日に日本軍がシベリアから撤退した事により極東共和国の必要が無くなり1922年11月15日にソビエト連邦は極東共和国を併合しロシア革命に伴う内戦は終了しましたが、通貨制度統合の為に1923年頃迄、極東地方で使用する加刷切手が極東州革命委員会によって発行されています。
併合後に極東州革命委員会が発行した切手は、ソビエトの普通切手に「Д.В. (極東)の略号」及び1коп~10коп迄の額面」と「ЗОЛОТОМ(コペイカ=貨幣単位)」を黒インクと赤インクで加刷した切手が発行されています。
ここに使用されています切手はソビエトの10руб普通切手に極東の略号と額面5копが赤インクで加刷された切手2枚と思われます。
切手は退化(切手の印刷ミスか?)して加刷のみが残っています。
但、切手の裏面に加刷されたものでは無いようです。
又、郵便料金として使用されている切手は「コルチャーク政権が発行した35коп切手」と「チタ極東共和国で発行された4коп切手」それと「極東州革命委員会が発行した5коп切手2枚」であり、中途半端な郵便料金49копとなっています。
このカバーが真正なものと仮定した場合、「コルチャーク政権で発行した切手」・「チタ極東共和国で発行された切手」・「ソビエト連邦に併合後に発行された切手」が使用されており、夢の様なカバー(大珍品?)となります。
何処迄が真?で何処からが偽?なのか不明です。
一部でも加工してあるものは「故意に作成された偽物」と見做すべきだと思いますが、不思議と愛着の持てるカバーとなっております。
このマテリアルに関しては、オークションに出品(処分)予定をしております・・希望される方は、「russee@outlook.jp」迄、連絡を下さい。
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